食育。

一番下の子がインフルエンザなんぞにかかりよったばっかりに

「おめでとうございます!」とか、なんかね、張り切って言えずに

地味~な感じでさらっと明けちゃったわけなんだけど、

どうぞ本年もひとつよろしくお願い申し上げます。

で、まあ、お正月に仕事をちょこちょこっとしておこう…なんて車に乗り、

仕事場へ向かう途中、ラジオを何気なく聴いていると、一流の建築家さんが

「日本の将来について」ってなテーマにおいて「食育」を挙げられたわけ。

「えっ、あれっ?専門的な話するんじゃないんや…」って虚をつかれたんだけど、

まあ、建築家の方も、もちろん人間なわけで、根っこの部分でしょう…とのこと。

朝は食べない、昼は簡単に済ませ、夜は保存料たっぷりのお弁当…

厚生労働省が将来の年金問題を解決した!だって、長生きできないんだから…

なんて、ちょっと毒づいたりして大きな問題として捉えられてた。

なるほど…では、今一度、「食育」の定義っつうの、見直したわけ、お正月だし。

『様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、

健全な食生活を実践することができる人間を育てることである。』とある。

う~ん、まあ、そうなんだけど、なんつうの、固ぇぇな…なのね。

国語や算数とかと違って「食育」ってのは、ほとんどのことがひとりで学べない。

私の師匠が「食育コミュニケーター」ってのを養成してるんだけど、

そう、「食育」そのものというより、コミュニケーションの中でしかないと思う。

食事中のたわいもない会話、それこそも「食育」だったりするのだ。

完璧な食事を用意して「さあ、召し上がれ!」なんていう単純なものではない。

子供との食事でも、時には厳しく、彼らにとって嫌な時間なときがあるかもしれない。

ただ、大人になった時に、それがいい酒の肴になればいい話だ。

「ほんまに嫌やったけど、俺のこと考えてくれてたんやな…」とか言ったりして、ねっ。

また、「食」を販売させていただくってのにも同じようなことが言えるのではないか。

お客様に厳しく…ってのは、さすがに無いんだけど、会話することによって

これからされる食事に大きく関わるような気がしてならない。

お年寄りの方なんか「今日は寒いな~」「ほんまやな~。気ぃつけてや」

こんなどうでもええような会話でさえも、

黙って購入されて食べる食事とでは、味は変わってくるはずと信じたい。

今日なんかも、「魚嫌いの息子が黙って食べてくれたわ。おおきにやで」

つう会話になったんだけど、この手のヤツは飯何杯でもイケる、うん。

「食育」の話とは、ちょっとずれちゃったかもしれないが、

とにかく、今年一年もお客様とたくさんコミュニケーションを交え、

楽しい食卓を提供できるよう邁進していきたいと思います。

改めまして、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2015/01/06

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